平安時代の歴史ででてくる藤原氏。

天皇に娘を嫁がせて皇子を産ませ、天皇を補佐する摂政・関白の位を独占し繫栄した。これを摂関政治という。
なんてのが歴史の教科書にでてくる藤原氏ではないでしょうか?
有名なのは藤原道長。「この世界がオレのもの。月とちがってかけたりしないぜ」みたいな和歌よんでブイブイいっていた印象の人ですね。

カルラ的歴史解釈では、この藤原氏の繁栄をもたらしたのは中臣鎌足(藤原鎌足)、藤原不比等が行った子孫繁栄の呪法のおかげということになっています。

中臣鎌足は「大化の改新」で中大兄皇子と活躍。蘇我入鹿を殺して天皇中心の国家を作った人。不比等はその息子です。

中臣鎌足

中臣鎌足

飛騨の宿儺一族は、この呪法を自分たちの一族にかけようとしていたわけですね。
しかし、強力な呪法には「返りの風」が吹く。

藤原氏の子孫が菅原道真のたたりで次々と亡くなったように、宿儺一族の子孫も返りの風をうけて悪くすると死ぬ。
池田近江くんの母親は、子どもたちをそれから守るために、幼かった近江くんの兄・辰王(しんのう)を連れて逃げ出したのでした。
このとき息子の能力を封印したため、のちに飛騨に戻った辰王は苦労して「あの女~」となったようです。
他にも母親が妾になって、相手の男が威張り散らすのも気に入らなかったらしい。
ちなみに池田近江くんは、辰王が気に入らなかった男の子どもなんで、兄弟とはいえ立場は大きく違いますね。

話がずれましたが、藤原氏。

「奈良怨霊絵巻」で宿儺一族の二面僧都が行おうとしていた「朱雀門の法」は、蘇我入鹿の首と朱雀門を使うらしい。

「飛騨怨霊絵巻」で宿儺一族の長が行おうとした「御嶽の法」は、霊山3つと救世観音を使った方法。

いやあスケールでっかいですね。
ついでにカルラ的解釈では蘇我入鹿は実際天皇になっていて「神護天皇(じんごてんのう)」だったという解釈みたいです。
大王の首を贄に使った豪華?な呪術だったみたいですね。

入鹿の首については、剣持と翔子が以前にもかかわっています。翔子は幼かったので剣持が記憶を封印しているので覚えていません。
そして、今後も物語に登場しそうです。